想像力と「ごっこ遊び」 — 創造性を育てる遊びの科学
投稿日 2026-08-17 ・ 更新日 2026-08-17 ・ 約7分で読めます
電車になりきったり、葉っぱをお皿に見立てたり。子どもの「ごっこ遊び」は、ただの暇つぶしではなく、想像力・ことば・自己制御・人とのやりとりが絡みあう豊かな営みです。一方で「遊べば賢くなる」と断言できるほど研究はそろっていません。理論と最新のエビデンス、そして家庭でできる支え方を、相関と因果の限界も含めて穏やかに整理します。

ごっこ遊びとは何か — 「見立て」が生まれるとき
ごっこ遊びは、象徴遊び・ふり遊びとも呼ばれ、目の前にないものを心の中で思い描く力を土台にしています。積み木を電話に見立てたり、自分をお母さんやヒーローに重ねたりするとき、子どもは「いま・ここ」を超えて、別の意味の世界をつくり出しています。発達心理学者のVygotskyは、こうした見立てこそが象徴的思考の芽生えだと考え、遊びを幼児期の発達における中心的な活動と位置づけました(Berk, 2018のレビューによる)。
ごっこ遊びはおよそ1歳半ごろから芽生え、就学前の数年間で花開きます。一人での見立てから始まり、やがて友だちと役割を分けあい、物語を一緒に進める社会的なドラマへと発展していきます。Bredikyteらの研究(2023)は、3〜6歳の子どもがごっこ遊びの中で役割をうまく演じられるほど、自己制御の水準も高い傾向があると報告しています。ただしこれは観察された関連であり、遊びが原因だと言い切るものではありません。
こうした遊びには、想像力・ことば・記憶・人とのやりとりが同時に含まれます。だからこそ「遊びは学びの宝庫」と語られやすいのですが、何が何を育てているのかを切り分けるのは、見た目ほど簡単ではありません。
「頭ひとつ分高くなる」— Vygotskyの理論と実行機能
Vygotskyには有名な一節があります。遊びの中では「子どもはいつも自分の平均年齢より、ふだんの行動より頭ひとつ分高くふるまう」というものです。これは、遊びの中で子どもが自分で決めたルールに自分を従わせようとするからだと説明されます。たとえば「眠っているネコ役」を演じる子は、本当は動きたくても、役のルールを守るためにじっとこらえます。こうして遊びは、衝動を抑え、ルールに沿って自分をコントロールする練習の場になりうる、というのがVygotskyの見立てです(Berk, 2018)。
この自己制御の力は、近年「実行機能(じっこうきのう)」という概念で研究されています。実行機能とは、目標を心にとどめ、衝動を抑え、状況に合わせて切り替える、心の司令塔のような働きの総称です。ごっこ遊び、とくに役割を分担して物語を進める社会的なごっこ遊びでは、計画を共有し、自分の役を覚えておき、展開に合わせて更新し続ける必要があります。Lillardら(2013)の整理でも、実行機能や社会性とごっこ遊びの間に相関がみられることは確認されています。
さらに、空想的なごっこ遊びを取り入れた数週間の介入の後で、子どもの実行機能に伸びがみられたとする研究も報告されています。こうした知見は、遊びと自己制御が発達の中で結びついている可能性を示しますが、研究の数はまだ少なく、効果の大きさや持続については慎重に見る必要があります。
相関か、因果か — エビデンスの限界を率直に
ごっこ遊びの研究を語るうえで避けて通れないのが、Lillardら(2013)が学術誌Psychological Bulletinに発表した大規模なレビューです。彼らは「ごっこ遊びは発達に決定的に重要だ」という強い主張を、それまでの相関研究・実験研究に照らして検証しました。結論は慎重なもので、ごっこ遊びが発達の唯一不可欠な原因だと言える証拠は十分ではない、というものでした。むしろ、遊びは多くの発達の道すじの一つかもしれないし、ほかの要因の副産物として現れているだけかもしれない、と複数の可能性を併記しています。
たとえば、よく遊ぶ子が言語や社会性に優れていたとしても、それは遊びのおかげとは限りません。もともと言語が得意な子が遊びも豊かに展開できる、あるいは応答的な大人との関わりが両方を底上げしている、という説明も成り立ちます。実際Doreら(2015)は、ごっこ遊びが心の理論(他者の心を推し量る力)を育てるという通説に対し、むしろ心の理論があるからこそ社会的なごっこ遊びが可能になる、という逆向きの関係を提案しています。原因と結果は、しばしば私たちの直感とは違う向きに流れているのです。
だからといって、ごっこ遊びに価値がないわけではありません。LEGO Foundationのレビュー(2017)が整理するように、遊びは子どもが安心して新しい役割やアイデアを試せる場であり、ことば・社会性・問題解決を実際に使う豊かな機会を提供します。「遊べば必ず賢くなる」と押し付けるのではなく、「遊びそのものが子どもにとって意味のある経験だ」と受け止める。エビデンスの限界を認めたうえでの、この落ち着いた態度が、いまの科学にいちばん誠実な向きあい方だといえそうです。
今日からできること
- 子どもが見立てを始めたら、まずは観察して流れに乗る。「これ電車ね」と大人が設定を決めてしまうより、子どもの「いま何になっているか」を尋ね、その世界に客として招かれるくらいの距離感で関わると、遊びを乗っ取らずに支えられます。
- おもちゃは「何にでも見立てられる」ものを少し残す。完成度の高い玩具もよいですが、布・箱・積み木・自然物など、意味を子どもが自由に決められる素材があると、想像の余地が広がります。たくさん用意するより、片づいた空間と時間のゆとりのほうが効くことも多いです。
- 役割を分けて物語を続けるのを手伝う。「お医者さんと患者さん、どっちやる?」と役を決め、展開に詰まったら「次はどうする?」と問いを返します。答えを与えるより、子どもが計画を立て、覚えておき、調整する余白を残すことが、自己制御の練習につながります。
参考にした研究
各研究について、日本語の解説記事と、原典(英語論文)を探せる Google Scholar 検索へのリンクを掲載しています。
- Lillard, A. S. ほか, 2013(ごっこ遊びが発達に与える影響:エビデンスのレビュー。因果関係の限界を指摘) / 原典を探す(Google Scholar)
- Berk, L. E., 2018(見立て遊びと自己制御の発達。Vygotsky理論の解説/Encyclopedia on Early Childhood Development) / 原典を探す(Google Scholar)
- Bredikyte, M. & Brandisauskiene, A., 2023(ごっこ遊びと自己制御:3〜6歳の関連を検討/Frontiers in Psychology) / 原典を探す(Google Scholar)
- Dore, R. A. ほか, 2015(心の理論はごっこ遊びを可能にする? 通説と逆向きの関係を提案/Frontiers in Psychology) / 原典を探す(Google Scholar)
- Zosh, J. M. ほか/LEGO Foundation, 2017(遊びを通した学び:エビデンスのレビュー) / 原典を探す(Google Scholar)
関連する用語解説
本記事は子育て世代向けの一般的な情報提供を目的としたものであり、診断・治療・個別の専門的助言を 提供するものではありません。お子さんの発達・健康・心理に関する個別の判断が必要な場合は、 小児科医・心療内科医・臨床心理士・学校・自治体の相談窓口など、専門機関にご相談ください。
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